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千葉地方裁判所 昭和49年(ヨ)93号 決定 1974年4月30日

債権者 丹場雄治

右訴訟代理人弁護士 高橋勲

同 高橋高子

同 田村徹

債務者 堀一光

右訴訟代理人弁護士 錦徹

主文

債権者は債務者に対し七日以内に金三〇万円の保証を立てることを条件に、

債務者は、市川市田尻五丁目二四四番地の六の土地上に建築中の建物について、二階以上の部分の建築工事を続行してはならない。

理由

一、当事者双方の求める裁判およびその理由は、別紙「仮処分申請書」「答弁書」のとおりである。

二、よって判断するに、

1、本件各疎明によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  市川市田尻五丁目二四四番地の六の土地(以下本件土地という。)は、国鉄総武本線本八幡駅から南へ約二キロメートル離れた江戸川ぞいに位置し、付近は最近住宅が建てられるようになり、新しく住宅地として形成された土地で、本件土地は用途上は住居地域に指定され、更に昭和四八年一二月二五日以降第一種高度地区に指定されている。

(二)  債務者は建設業を営んでいるが、本件土地上に左記のような規模内容の建物(以下本件建物という。)を建築することを企画し、昭和四八年一二月一四日市川市に対し、建築確認申請をなし、同月二二日右確認を受けて、工事に着手し、現在建物の骨組みおよび床部分が完成している状況である。

(1) 構造・用途 鉄骨造三階建倉庫住宅(一階倉庫、二、三階住宅)

(2) 建築面積  九八・〇五平方メートル(建ぺい率五八・六パーセント)

(3) 延べ面積  二二七・九二平方メートル(容積率一三六・一パーセント)

(4) 建物の高さ 九メートル(但し軒は八・八メートル)

一階部分の高さ二・八〇メートル

二階部分までの高さ五・九メートル

なお本件建物は約四〇センチメートル地盛されており、またその壁面から本件土地の北側境界線までの距離は四〇ないし四五センチメートルしかない。

(三)  債権者は、本件土地の北東側の市川市田尻五丁目一〇番一五号の土地上の二階建の居宅を昭和四八年四月に買受けて親子四人で住むようになった(二階部分は寝室および子供部屋として使用している。)。債権者方居宅のほぼ東西には債権者方と同様の二階建住宅数棟が建てられており、南東側と北西側の各住宅のため、本件建物が建てられるまでは一、二階とも、もっぱら東西側の窓を通じて本件土地から日照・採光を受けてきた。

なお債権者方居宅は、その敷地と本件土地との境界線とは約三〇センチメートルしか間隔がなく、建ぺい率も建築基準法に違反している。

(四)  本件建物が前記の建築確認通りに建築されると債権者方居宅は一階部分はもちろん二階部分も南西側窓からの日照が全くなくなることとなり、債権者方居宅全体が本件建物の日影となる結果が生じる。東側の窓からは前述のとおり、他の建物の存在によって日照を受けることができない状況ではあるが、本件建物によってもある程度の影響を受ける。更に本件建物と債権者方居宅との間隔が前述のとおりであるので、債権者方居宅との通風も北東側の道路からのみとなり、その点においても影響が生じる。

(五)  市川市では、昭和四七年二月一日から施行された「市川市建築物日照妨害等に関する指導要綱」を制定し、住居地域では高さ一〇メートル以上(四階以上)の建物から受ける日照妨害について冬至においては日照が三時間以内となる建物の関係者の同意を要するなどの規制をしていたが、更に前記要綱に代えて昭和四八年一二月に「市川市日照等に関する建築指導要綱」を制定し、住居地域では高さ一〇メートル以上(四階以上)の建物からの日照妨害について、冬至において日照時間が四時間以内となる建物の関係者の同意を要するなどの規制を決め、同月二五日から施行された。また前記(一)のとおり、同日から本件土地が第一種高度地区と指定されたため、仮りに本件建物について右指定の効力を受けるとすれば、本件建物は五メートル以上の部分は北側境界線から三・二メートル離れて建てなければならないことになり、二階以上の部分が規制を受ける。そして同日までに、建築工事に着手しなければ、それ以前受けた建築確認も効力を失うこととなる。

(六)  債権者は、債務者との間で、昭和四九年二月から市川市役所建築指導課および公害課の課員立会のもとで、数度話合いが行なわれたが、債務者は三階部分のみの設計変更を検討するだけであり、当事者間の話合いはうまくいかなかった。

2、以上認定した事実によれば、

(一)  本件建物によって債権者方居宅は日照が全く奪われ、債権者の家族は太陽のない日常生活を送ることを強いられることとなり、そのうえ、通風も妨げられ、人が健康で快適な生活環境のなかで生活する利益を著しく損う結果となる。(なお債権者はプライバシー侵害、電波障害を主張しているが、目隠し、アンテナの設置などによってその被害をなくすことができるのであり、本件仮処分の必要性は認められない。)。

(二)  しかしながら、債権者方居宅はその南西側に宅地として利用されうる本件土地が存在する以上、本件土地上に建物が建てられることによって債権者が享受する日照・通風について制限を受けることを受忍すべきであるといえるが、債権者がすべての日照を奪われることまでも強いるものではなく、本件土地が第一種高度地区に指定されたことからして、債権者は最少限度の日照を確保する必要から、本件建物のうち一階部分から受ける被害は受忍すべきを相当とし、それ以上の二階以上の部分の建築については工事差止めを求めることができると認めるのが相当である。

ところで、債務者は右高度地区の効力は受けないと主張している。確かに、債務者は本件建物の建築確認をそれ以前に受け右建築確認自体建物の高さについては問題ないといえる。しかしながら、債務者は確認と同日に着工したと主張するが、右主張も本件各疎明からして必ずしも信用できず、仮りに右主張のとおり本件建物の建築確認が維持されるにしても、工事着工後三日後に高度地区指定の効力が生じること債務者が建設業者でありそのわずか三日後に高度地区指定がされることを知悉していたと推測できること、本件建物の一階部分が居住を目的としない倉庫であり、地盛りをして敷地が債権者居宅よりも約四〇センチメートル高くなっていること、本件建物の二階以上の建築を中止することによっても、債権者方居宅の一階部分の日照はほとんどなくなることなどからして、債権者方居宅の日照・通風を考えると、本件建物の場合は高度地区指定を受けたと同様に制限を加えることが妥当である。

なお、債権者は、本件建物の一階部分についても、北東側敷地境界線より五〇センチメートルの間隔がないと主張しているが、本件土地付近において債務者主張のごとき慣習があるとの疎明はないにしても、日照採光については、本件建物を民法所定のとおり境界からの距離を拡げたとしても、債権者方居宅の日照にはさほど、影響がなく、また本件建物の一階部分による日照制限については債権者も受忍すべきものであること、また通風についても影響を受けると考えられるが債権者方居宅も民法に違反して本件建物に近接している以上、債権者が受忍すべきものと判断する。

また債務者は、債権者方居宅が民法および建築基準法に違反していると主張し、本件各疎明によれば右事実は認められるが、右違反があるからといって、違反事実がなくとも債権者方居宅の日照通風の利益が侵害されるのであるから債権者が享受する日照・通風を否定する根拠とはなりえない。

(三)  そして、本件建物が設計どおり完成してしまえば後日においてその一部を撤去することは著しく困難になることが明らかであるから、今ただちに建築工事続行禁止の仮処分を認める必要性は十分にある。

3、以上からして債権者の本件仮処分申請のうち、本件建物の二階以上の建築工事を差止めることを認容することとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 小松峻)

<以下省略>

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